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カテゴリ: スペイン人の画家

 フランシスコ・パチューコ(1564~1644年)はスペインの画家・美術研究家です。当時は異端審問所付き美術監督官でした。ベラスケスやアロンソ・カーノの師匠でした。ベラスケスを娘のファナの婿にしました。
フランシスコ・パチューコの肖像(ベラスケス作)
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 フランシスコ・パチューコはアンダルシアのサンルーカル・デ・バラメーダに生まれました。幼少で孤児となり、セビリア大聖堂参事会会員の学者だった叔父の養子となりました。セルビアのルイス・フェルナンデスに絵を学び名声を得て、1611年にはベラスケスの希望で弟子にとりました。1618年には娘のファナとベラスケスを結婚させました。1638年には「絵画論(その古代性と偉大)」を脱稿しました。セビリアで80歳の時亡くなりました。制作年が特定されている作品を年代順に紹介します。制作年の特定できない作品もその次に紹介します。
聖イネス(フランシスコ・パチューコ 1608年作)
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キリストと天使の晩餐(フランシスコ・パチューコ 1615年作)
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聖イネスの神秘の婚約(フランシスコ・パチューコ 1628年作)
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夫婦の肖像(フランシスコ・パチューコ 1630年作)
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最後の審判(フランシスコ・パチューコ作)
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キリストの誕生(フランシスコ・パチューコ作)
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無原罪のお宿り(フランシスコ・パチューコ作)
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ベラスケスの肖像?(フランシスコ・パチューコ作)
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聖ヨセフの夢(フランシスコ・パチューコ作)
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無原罪のお宿り(フランシスコ・パチューコ作)
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ベラスケスの師匠なので、流石に上手いですネ。

 アロンソ・カーノ(1601~1667年)は宗教画や宗教彫像を多く残した、スペイン人画家・彫刻家です。
 アロンソ・カーノはグラナダで、祭壇製作などに携わる彫刻家の子に生まれました。1614年に(13歳で)セビーリャへ移住しました。フランシスコ・パチューコに師事しました。先輩弟子にはベラスケスが居ました。1638年に(37歳で)マドリードへ招かれ、最小オリバレス侯爵の画家・取次係となりました。王室美術コレクションの管理や修復に携わりました。妻殺しの容疑で告発され何とか無罪となりましたが、バレンシアに移住しました。1652年に戻りましたが、1657年にはマドリードに戻りました。年代順に作品を紹介します。
聖母の教育(アロンソ・カーノ 1630年作)
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聖ヨハネと毒杯(アロンソ・カーノ 1635~37年作)
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聖ヨハネとエヴァンゲリストのエルサレル透視
(アロンソ・カーノ 1635~38年作)
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キリストと二人の追従者(アロンソ・カーノ 1635~50年作)
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井戸辺の奇蹟(アロンソ・カーノ 1638~40年作)
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我に触れるな(アロンソ・カーノ 1640年作)
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西ゴート族の王様たち(アロンソ・カーノ 1641年作)
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聖母子(アロンソ・カーノ 1643年作)
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理想のスペイン王(アロンソ・カーノ 1643年作)
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十字架のキリスト(アロンソ・カーノ 1646年作)
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衣服を集めるキリスト(アロンソ・カーノ 1646年作)
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アダムとイヴの最初の仕事(アロンソ・カーノ 1650~52年作)
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リンボ(天国と地獄の中間階)のキリスト(アロンソ・カーノ 1655年作)
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聖ヒエロニムス(アロンソ・カーノ 1660年作)
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サン・アントニオの透視(アロンソ・カーノ 1660~62年作)
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塑像も製作したようです。
聖母像(アロンソ・カーノ作)
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ベラスケスの弟弟子だったようですが、絵が上手いですネ。

 ファン・サンチェス・コターン(1560~1627年)はバロック期のスペイン人画家です。独特の写実的な静物画を描きました。
 ファン・サンチェス・コターンはトレド近郊のオルガスで生まれました。ブラス・デ・プラドの友人だったか、弟子だったと思われます。最初は宗教画を描いていましたが、その後肖像画や静物画を描くようになりました。特に静物画は当時でも非常に高い評価を得ました。
 1603年に俗世を捨てようと、カルトジオ会修道院に入りました。その後修道士になることを目指し、助修士になったようです。修道院で画作を続けたようです。派遣されたりで、修道院を幾つか渡り歩いたようです。1627年グラナダで亡くなりました。制作年がある程度分かるのは、1600~1603年に集中して描かれた静物画だけです。宗教画の製作年は良く分かりません。作品を紹介します。
マルメロの身、キャベツ、メロン、胡瓜
(ファン・サンチェス・コターン 1600年製作)
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野菜の静物(ファン・サンチェス・コターン 1600年作)
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狩られた鳥(ファン・サンチェス・コターン 1600~03年作)
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食用アザミのある静物(ファン・サンチェス・コターン 1602年作)
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黒い背景の独特の静物画です。非常にユニークで、一目見ると忘れられません。
自画像と思われる肖像(ファン・サンチェス・コターン作 製作年不詳)
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自画像と思われる肖像(ファン・サンチェス・コターン作 製作年不詳)
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ここから宗教画を紹介しますが、製作年は不明です。
キリストの顔(ファン・サンチェス・コターン作)
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聖ヨハネの透視(ファン・サンチェス・コターン作)
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最後の晩餐(ファン・サンチェス・コターン作)
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受胎告知(ファン・サンチェス・コターン作)
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肖像画や宗教画はオーソドックスで、強い個性は無いように見えます。何故静物画だけ恐ろしくユニークな理由は分かりません。

 フランシスコ・デ・スルバラン(1598~1664年)はバロック期のスペイン画家です。彼の作品は1640年代にムリーリョが現れるまで、大いに持て囃されたようです。
 フランシスコ・デ・スルバランはスペイン南西部で小間物商の息子に生まれました。1914年に(16歳で)父親がセビリアに送り出して、セビリアの画家のペトロ・ディアス・ビシャヌエバに3年間師事しました。1617年に9歳年上女性と最初の結婚をしました。三人の子を設けましたが、1624年に妻が亡くなりました。1625年に裕福な未亡人と再婚しました。1626年からセビリアで活動して、1628年にメルセス会から「聖ペドロ・ノラスコの生涯」の連作を受注しました。1634年にはマドリードのブェンレティーロ宮「諸国王の間」の装飾を受注しました。ベラスケスの推薦があったようです。
 1640年代に入ってムリーリョが持てはやされ、彼の名声が落ちていきました。1658年にベラスケスを頼ってマドリードに移り、1664年にその地で没しました。人生の前半の絵にはカラヴァッジョの影響を強く感じ、女性の容貌にムリーリョとの共通性を感じます。年代順に作品を紹介します。
架刑のキリスト(スルバラン、1627年作)
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ナザレの家(スルバラン、1630年作)
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幼い聖母(スルバラン、1630年作)
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聖トーマス(スルバラン、1631年作)
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聖フランシスコの瞑想(スルバラン、1632年作)
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聖ウーゴと食卓の奇跡(スルバラン、1633年作)
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静物(スルバラン、1633年作)
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無原罪のお宿り(スルバラン、1635年作)
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羊飼いの礼拝(スルバラン、1638年作)
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三賢人の礼拝(スルバラン、1640年作)
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生贄の羊(スルバラン、1640年作)
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架刑のキリスト(スルバラン、1655年作)
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眠る幼い聖母(スルバラン、1655年作)
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聖母子(スルバラン、1658年作)
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静物(スルバラン、1660年作)
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静物画も上手いですネ。
幼い聖母(スルバラン、1660年作)
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無原罪のお宿り(スルバラン、1661年作)
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聖母子(スルバラン、1662年作)
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羊も上手く描きますネー。

 ホセ・デ・リベーラ(1591~1652年)は、カラヴァジスト(カラヴァッジョ風画家)のスペイン人画家です。作品の間には、カラヴァッジョが描いたかと思わせる絵があります。
 ホセ・デ・リベーラは、スペイン バレンシア近郊で靴職人の息子に生まれました。若い頃はバレンシアで(恐らく)フランシスコ・リバルタに師事しました。イタリア北部のロンバルティアを遍歴して、1610年頃(20歳前後)にパルマに移住しました。そのころには、カラヴァジスト(カラヴァッジョ風画家)として名が知られていたようです。1613年に(22歳で)ローマのサン・ルカ・美術アカデミーの会員に登録されました。1616年にスペイン領だったナポリに移住して、ナポリはと呼ばれるようになりました。その後ムリーリョの名声により、忘れ去られていきました。年代順に作品を紹介します。
味覚(リベーラ、1613年作)
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聖ヒエロニムス(リベーラ、1620年作)
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カラヴァッジョが描いたかと思える絵です。
聖セバスチャン(リベーラ、1621年作)
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アルキメデス(リベーラ、1630年作)
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髭の生えた女とその夫と息子(リベーラ、1631年作)
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イサベラ・デ・カラッツィとディアンプラ・デ・ベティネルラの決闘
(リベーラ、1636年作)
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ヤコブを祝福するイサク(リベーラ、1637年作)
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年老いた金貸し(リベーラ、1638年作)
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羊飼いの居る風景(リベーラ、1639年作)
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砂漠のマグダラのマリア(リベーラ、1641年作)
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えび足の少年(リベーラ、1641年作)
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羊飼いの礼拝(リベーラ、1650年作)
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40歳ころまではカラヴァッジョの画風ですが、その後徐々にカラフルに変わっていったようです。

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