世界美術館巡り旅

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カテゴリ:世界の美術館 > ポーランドの美術館

 2017年6月にワルシャワへ行き、ワルシャワ国立博物館(美術館)を訪問しました。今回はユゼフ・メホフェル作「不思議な庭園」を紹介します。所蔵・展示されている「五月の太陽」と「三人の天使」も紹介します。
 ユゼフ・メホフェル(1869~1946年)はポーランド南部で弁護士の息子に生まれました。クラクフ美術学校→ウィーン美術アカデミー→パリでアカデミー・コラロッシで学びました。絵画だけでなく、ステンドグラスのデザイン、リトグラフ、舞台設計、グラフィック・デザインなども手掛け、総合芸術家と言うべきかもしれません。作品を俯瞰してみると、世紀末芸術のアール・デコそのものです。
 「不思議な庭園」も不思議な絵です。上部に平面的(デザイン的)なトンボが描かれています。アール・デコの極致です。右下の花を掲げた幼子は金色に見えます。この絵はアール・デコですが、シュールレアリスムも感じさせる不思議な絵です。色に拘った画家だったようです。
不思議な庭園(ユゼフ・メホフェル、1903年作)

五月の太陽(ユゼフ・メホフェル、1903年作)

三人の天使(ユゼフ・メホフェル、1901年作)

人の世ははかなき夢(ユゼフ・メホフェル、1895年作、クラクフ国立美術館蔵)

婦人の肖像(ユゼフ・メホフェル、1904年作、クラクフ国立美術館蔵)
                

 2017年6月にワルシャワへ行き、ワルシャワ国立博物館(美術館)を訪問しました。今回はポーランドの国民的画家ヤン・マテイコ作「グルンヴァルトの戦い」を紹介します。
 ヤン・マテイコ(1838~1893年)は自由都市クラクフでチェコ人で家庭教師をしていた父の息子に生まれました。近眼のため学業が進まなかったが、芸術(絵画)だけはずば抜けた才能を示した。聖アンナ高校に入学したが成績悪く退学した。それでもヤギェウォ大学のクラクフ美術専門学校に入学しました。歴史上の事件を題材に絵を描いた。1859~60年にウィーン美術アカデミーで学びました。1865年にパリのサロンで金賞を受け、名声が高まりました。
 グルンヴァルトの戦いは、1410年ポーランド・リトアニア連合国(ヤギェウォ朝)がドイツ騎士団に勝利した戦いです。毎年7月に戦いを再現した祭りが開催されるようです。この絵は非常に大きくて、それに見合うような粗い描き方です。近くで見ると粗くて絵の上手さが分かりません。
 インターネットで調べると、「天文学者コペルニクス(ヤギェウォ大学卒業)」や「画家の子供たち」の絵が見つかりました。これらも紹介します。これらを見ると画家の高いデッサン力が分かります。アカデミー派画家に劣らないデッサン力の画家だったようです。
グルンヴァルトの戦い(ヤン・マテイコ作)
グルンヴァルトの戦い展示の様子(公式HPから)
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グルンヴァルトの戦い(ヤン・マテイコ作)の前で
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天文学者コペルニクス(ヤン・マテイコ、1873年作)

画家の子供たち(ヤン・マテイコ、1879年作)
         

 2017年6月のワルシャワ旅行の際、ロイヤル・キャッスル ワルシャワ(ワルシャワ王宮)に行きました。ここにはレンブラント作「額縁の中の少女」が所蔵されていることを知っていたので、興味津々で訪問しました。「額縁の中の少女」は投稿済みです。どこかで見たような気がした、エリザベート=ルイズ・ヴィジェ=ル・ブラン作の女性の肖像を紹介します。インターネットでちょっと調べたのですが、旧ソ連圏のポーランドの所蔵作品の為か、作品名がわかりませんでした。
 エリザベート=ルイズ・ヴィジェ=ル・ブラン(1755~1842年)はパリで画家の娘に生まれました。十代前半から肖像画を描いていたようです。1774年に(19歳で)パリ聖ルカ組合の会員になりました。気に入られてマリー・アントワネットの肖像画も描きました。それも下に紹介します。1783年にフランス王立絵画彫刻アカデミーの会員となりました。フランス革命後パリに居辛くなりイタリア、オーストリア、ロシア等を転々として、貴族などの肖像画を描きました。一旦パリに戻りましたが、今回はナポレオン・ボナパルトと折り合いが悪くなりました。1807年にスイスに移り住みました。
 この作品は「バッカスの巫女に扮したエマ・ハミルトン」と同じ着想で、「○○に扮した・・・誰々」辺りの作品名だったと思われます。風の女神辺りが相応しいのですが、チョット想像できません。自画像の可能性も感じますが、チョット決めきれません。女性の肖像画(盛るのが)上手かったようで、男性の肖像画作品は余り残っていません。作品を見ると、普通の肖像画でした。女性の肖像画の依頼が多かったようです。 
女性の肖像(エリザベート=ルイズ・ヴィジェ=ル・ブラン
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モスリンのシュミーズ・ドレスを着た王妃マリー・アントワネット
(エリザベート=ルイズ・ヴィジェ=ル・ブラン、1783年作)
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バッカスの巫女に扮したエマ・ハミルトン
(エリザベート=ルイズ・ヴィジェ=ル・ブラン、1791年作)

自画像(エリザベート=ルイズ・ヴィジェ=ル・ブラン、1790年作)
            

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