2017年6月アントワープ王立美術館(アントワープ/ベルギー)に行きました。今回は、ジェームズ・アンソール作「牡蠣を食べる女性」を紹介します。
 ジェームズ・アンソール(1860~1949年)はベルギー北部オーステンドで生まれ、1877年からブリュッセルの王立美術アカデミーに学び、1880年に帰郷しました。その後も故郷の実家の屋根裏部屋で絵を描き続けました。仮面を被った人々や骸骨が多く登場する独特の絵を描きました。
 「牡蠣を食べる女性」は普通のダイニングで、妹のミッチェが一人で牡蠣を食べる様子を描いています。画家の父親は知識人ですが、働いていなかったようです。母親が一階で土産物屋を営み、二階に家族が住んでいたようです。一部の部屋を貸し出したりしていたようです。オーステンドの中産階級の食事風景とも見えます。奥には鏡付きの棚があり、ガラス器や置物が飾られています。女性の向かい側の席は空で、無造作にナプキンが置かれています。画家が食事の席に着こうとしたところで、スケッチしようと気が替わったのでしょうか。現代から見ると、普通の食事風景です。印象派風の画風で描かれています。
 この作品は1882年のアントワープのサロンで、展示拒否を受けました。翌年のレッソール(ブリュッセル芸術家協会)でも出品拒否をされました。レッソールは実質的にブリュッセル美術アカデミーの卒業生と在学生の集まりです。このことが切っ掛けで、アンソールとその仲間が反レッソールの「レ20(20人会)」を結成しました。
 どうもオランダでは、若い女性が牡蠣を食べる絵画はご法度だったようです。17世紀の風俗画が原因で、品性に欠ける・下品な絵画との共通認識があったようです。2作品も紹介しますが、一時的快楽・女性が誘っている風俗画と解釈されていたようです。要するに、風俗店の宣伝ポスターの扱いです。アンソールはこの後画風・画題が大きく替わります。その切っ掛けになったのでしょうか。
 アンソールは実家の土産物屋二階で、引き篭もり状態で画作を続けました。土産物屋には不気味な仮面や人形が並んでいました。両親は夫婦喧嘩の連続だったように思えます。父親がプータローの様で、息子の画業にも無関心だったようです。オマケに母親が生活費の大部分を稼いでいたようです。母親が怒るのも、無理ないです。
牡蠣を食べる女性(ジェームズ・アンソール、1882年作)

牡蠣を食べる者又は牡蠣を提供する少女(ヤン・スティーン、1680年作)

牡蠣の食事(フランス・ファン・ミーリス、1661年作)