２０１７年６月にグルーニング美術館（ブルージュ）を訪問しました。今回は、ハンス・メムリンク作「モリール三連祭壇画」を紹介します。
　ハンス・メムリンク（１４３５年頃～１４９４年）は初期フランドル派の画家で、ヤン・ファン・エイクやファン・デル・ウェイデンに続いて活躍しました。ハンス・メムリンクはドイツ　フランクフルト近郊のゼーリゲンシュタットに生まれました。ブリュッセルのロヒール・ファン・デル・ウェイデンの工房で修業しました。ファン・デル・ウェイデンが１４６４年に亡くなったのを機にブルッヘ（ブルージュ）に移り、１４６５年にブルッヘ市民権を得たようです。その後ブルッヘで活躍して、多くの作品を制作しました。現存する作品の大部分が、宗教画です。
　商人・銀行家でブルージュ市長も務めたウィレム・モリールと妻バルバラ・ファン・ヴィンダーベルクが一族の墓のあるセント・ジェームズ教会（聖ヤコブ教会）の墓碑銘として飾る為、「モリール三連祭壇画」をハンス・メムリンクに委嘱しました。完成後、セント・ジェームズ教会祭壇に飾られました。
　「モリール三連祭壇画」には珍しいことに、聖母が描かれていません。更に描かれている聖人たちも、どちらかと言えばマイナーな人物です。中央パネルには幼いキリストを肩に載せた聖クリストフォロスが、右に聖アエギディウスが、左に聖マウルスが描かれています。右側パネルには妻と娘と妻の守護聖人の聖バルバラが描かれています。聖バルバラはキリスト教信心から塔に閉じ込められたよく知られた聖人です。左側パネルは夫と息子と夫の守護聖人（恐らく）聖ウィリアム（ウィレム）が描かれています。聖ウィリアムは複数人いますが、十字軍の軍装なのでロチェスターの聖ウィリアムと思われます。聖ウィリアムは養子の守護聖人です。
　聖人を整理すると下記です。
中央パネルの中央の聖クリストフォロス；水運・漁師の守護聖人
中央パネルの右の聖アエギディウス；鍛冶屋・乞食・プロテスタント・プロヴァンス地方守護聖人
中央パネルの左の聖マウルス；湖に落ちた兄弟弟子を助けて海賊防止の守護聖人
右パネルの聖バルバラ；鉱山・鍛冶屋・消防士・発熱・急死の守護聖人
左パネルの聖ウィレム；養子の守護聖人
裏右パネルの聖ゲオルギオス；イングランド・ジョージア・モスクワ・正教の守護聖人
裏左パネルの洗礼者ヨハネ；洗礼・修道院生活・葡萄酒・フィレンツェの守護聖人
　夫の一族は水運・貿易で財を成し、（分家からの）養子だったように思えます。
　妻の一族は鉱山・鍛冶で財を成し、ギリシャ正教の地域出身のようです。セント・ジェームズ（聖ヤコブ）は反イスラムの守護聖人です。当時の貿易業にとってイスラム勢力は邪魔だったのでしょう。銀行業にとっても、フィレンツェのメディチ家の影響が残っていたのでしょうか？
　我々にとってマイナーな聖人たちが、ブルージュの人々には馴染み深い守護聖人たちだったのでしょう。