2013年3月にブレラ美術館(ミラノ)を訪問しました。今回は、カルロ・クリヴェッリ作「蝋燭の聖母」と「サント・ドメニコ・ディ・カメリーノの祭壇画」を紹介します。
カルロ・クリヴェッリ(1430年頃~1495年)はヴェネツィアで生まれ、パドヴァ派のフランチェスコ・スクァルチォーネの弟子に当たります。アンドレア・マンテーニャとは、兄弟弟子に当たります。ゴシックの影響を強く受けながら、斬新な絵を描いたルネッサンス画家です。弟のヴィットリオ・クリヴェッリも画家で、祭壇画などを残しています。こちらはおとなしい画風の絵を描きました。カルロ・クリヴェッリの私生活は可成りハチャメチャで、二十代で(1457年に)船員の妻を誘拐して6ケ月投獄されたようです。その後ユーゴスラビア等を放浪して、イタリア中部東側のマルケ州に定住しました。マルケ州のウルビーノや地方都市の教会からの祭壇制作を引き受けました。
「蝋燭の聖母」は1492年頃カメリーノ大聖堂多翼祭壇画の主パネルとして、制作されました。ナポレオン軍の侵略で破損して、バラバラになったようです。1480年制作「サント・ドメニコ・ディ・カメリーノの祭壇画」に類似した構成になっていたと思われています。カルロ・クリヴェッリは斜め横から見た顔を描くのが多いのですが、何故かこの絵では正面斜め下を見ています。
幼いキリストの持っている洋梨は、人類救済・受難・復活の象徴です。自分の運命を理解しているということでしょう。聖母の周りに飾られているのは、エデンの園の知恵の実です。愛欲・食欲・名誉欲などの象徴です。聖母はそれらを、更に足元のリンゴも見ていません。見つめているのは正面の百合とバラです。これらは純潔の象徴です。足元の蝋燭は、神への感謝の象徴です。他の作品と違ってこの絵の聖母が強張って正面下だけを見ているのは、どうやら「無原罪のお宿り」と似たような意味を持っていそうです。周りのパネルは、受胎告知、エリザベート訪問、洗礼者ヨハネなどで構成されていたと思われます。
「蝋燭の聖母」は1492年頃カメリーノ大聖堂多翼祭壇画の主パネルとして、制作されました。ナポレオン軍の侵略で破損して、バラバラになったようです。1480年制作「サント・ドメニコ・ディ・カメリーノの祭壇画」に類似した構成になっていたと思われています。カルロ・クリヴェッリは斜め横から見た顔を描くのが多いのですが、何故かこの絵では正面斜め下を見ています。
幼いキリストの持っている洋梨は、人類救済・受難・復活の象徴です。自分の運命を理解しているということでしょう。聖母の周りに飾られているのは、エデンの園の知恵の実です。愛欲・食欲・名誉欲などの象徴です。聖母はそれらを、更に足元のリンゴも見ていません。見つめているのは正面の百合とバラです。これらは純潔の象徴です。足元の蝋燭は、神への感謝の象徴です。他の作品と違ってこの絵の聖母が強張って正面下だけを見ているのは、どうやら「無原罪のお宿り」と似たような意味を持っていそうです。周りのパネルは、受胎告知、エリザベート訪問、洗礼者ヨハネなどで構成されていたと思われます。
蝋燭の聖母(カルロ・クリヴェッリ、1492年頃作)

サント・ドメニコ・ディ・カメリーノの祭壇画(カルロ・クリヴェッリ、1482年作)


サント・ドメニコ・ディ・カメリーノの祭壇画(カルロ・クリヴェッリ、1482年作)
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