2017年6月にワルシャワへ行き、ワルシャワ国立博物館(美術館)を訪問しました。今回はヤーコブ・ヨルダーンス作「天使と聖人に囲まれる聖母子」を紹介します。
ヤーコブ・ヨルダーンス(1593~1678年)はアントウェルペンの裕福な家庭に生まれました。アントウェルペンでアダム・ファン・ノールドに師事して、自立後早々にその娘(長姉)と結婚しました。師匠から将来を嘱望されたエリート画家でした。ルーベンスとも数年間兄弟弟子の関係だったようです。ヨルダーンスには各国の王様・貴族・金持ちから依頼が来て、たいそう忙しかったようです。現存する作品の大部分は宗教画・歴史画です。肖像画や風俗画も描いたようです。風俗画は、「大人が歌えば子供が笛を吹く(大人は子供の手本となれ)」、「王様の祭り(長老を大事にしろ)」など教育的・道徳的な作品が多そうです。エリート画家らしい作品です。
「天使と聖人に囲まれる聖母子」はインターネットで調べても、ワルシャワ国立美術館関連の記事にしか出て来ません。旧ソ連圏美術館所蔵なので情報が少なかったのかもしれません。画風からはヨルダーンスの作品だと思われますが、極端に横長なのと人物が余りのも生々しく(人間ポッイというか俗人ポイと言うか)、特殊な絵です。キリストは青い服と髪飾りをつけています。多くの絵では洗礼者ヨハネは裸で、この絵でも羊の上に乗せられています。右の聖人の衣装の描き込みが尋常ではなく、この作品の主人公のように見えます。衣装から教皇ではなく、司教・司祭辺りかと思われます。
ポーランドの守護聖人を調べると候補として、聖ヨハネ(ケンティ)司祭が上がりました。1390年にポーランドのケンティで生まれ、1413年クラクフ大学(現ヤギェウォ大学)入学しました。8年ほどテンプル騎士団で教鞭を取ったのち、クラクフ大学に戻りました。神学や哲学の教授を長く勤め、高い学位を望む学生はヨハネ(ケンティ)の残した服に祈ったと伝わります。ポーランドの守護聖人の一人です。クラクフ大学関係者か成功した学生の子孫がヨルダーンスに依頼したかと思われます。その後ポーランドから外部流出しなかったのでしょう。極端に横長なのは飾る場所(壁)を決めてから依頼した特注品だからかと思われます。
ヤーコブ・ヨルダーンス(1593~1678年)はアントウェルペンの裕福な家庭に生まれました。アントウェルペンでアダム・ファン・ノールドに師事して、自立後早々にその娘(長姉)と結婚しました。師匠から将来を嘱望されたエリート画家でした。ルーベンスとも数年間兄弟弟子の関係だったようです。ヨルダーンスには各国の王様・貴族・金持ちから依頼が来て、たいそう忙しかったようです。現存する作品の大部分は宗教画・歴史画です。肖像画や風俗画も描いたようです。風俗画は、「大人が歌えば子供が笛を吹く(大人は子供の手本となれ)」、「王様の祭り(長老を大事にしろ)」など教育的・道徳的な作品が多そうです。エリート画家らしい作品です。
「天使と聖人に囲まれる聖母子」はインターネットで調べても、ワルシャワ国立美術館関連の記事にしか出て来ません。旧ソ連圏美術館所蔵なので情報が少なかったのかもしれません。画風からはヨルダーンスの作品だと思われますが、極端に横長なのと人物が余りのも生々しく(人間ポッイというか俗人ポイと言うか)、特殊な絵です。キリストは青い服と髪飾りをつけています。多くの絵では洗礼者ヨハネは裸で、この絵でも羊の上に乗せられています。右の聖人の衣装の描き込みが尋常ではなく、この作品の主人公のように見えます。衣装から教皇ではなく、司教・司祭辺りかと思われます。
ポーランドの守護聖人を調べると候補として、聖ヨハネ(ケンティ)司祭が上がりました。1390年にポーランドのケンティで生まれ、1413年クラクフ大学(現ヤギェウォ大学)入学しました。8年ほどテンプル騎士団で教鞭を取ったのち、クラクフ大学に戻りました。神学や哲学の教授を長く勤め、高い学位を望む学生はヨハネ(ケンティ)の残した服に祈ったと伝わります。ポーランドの守護聖人の一人です。クラクフ大学関係者か成功した学生の子孫がヨルダーンスに依頼したかと思われます。その後ポーランドから外部流出しなかったのでしょう。極端に横長なのは飾る場所(壁)を決めてから依頼した特注品だからかと思われます。
天使と聖人に囲まれる聖母子(ヤーコブ・ヨルダーンス作)

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