世界美術館巡り旅

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2025年04月

 2014年7月にアムステルダム国立美術館(アムステルダム)を訪問しました。世界三大絵画に数えられる「夜警(レンブラント)」が所蔵されていることで有名です。
有名な絵画が中央の細長い部屋に集められていて、短時間でも楽しめます。
アムステルダム国立美術館全景(Wikipediaから)
1200px-Rijksmuseum_Amsterdam
アムステルダム国立美術館裏側
DSCN1551
夏だったので、池に入っている子供もいました。
夜警(レンブラント作)の前で
DSCN1534
夜警(レンブラント・ファン・レイン、1642年作)
夜警 レンブラント
謙譲の聖母(フラ・アンジェリコ、1440年頃作)
栄光の聖母 フラ・アンジェリコ
マグダラのマリア(カルロ・クリヴェッリ、1480年頃作)
マグダラのマリア カルロ・クリヴェッリ
陽気な酒飲み(フランス・ハルス、1628~30年作)
陽気な酒飲み フランス・ハルス
アムステルダム生地屋組合の理事たち(レンブラント・ファン・レイン、1662年作)
アムステルダム生地屋ギルトの代表職員 レンブラント
イザックとレベッカ(レンブラント・ファン・レイン、1665~69年作)
イザックとレベッカ レンブラント
自画像(レンブラント・ファン・レイン、1661年作)
自画像 レンブラント作
牛乳を注ぐ女(ヨハネス・フェルメール、1660年作)
牛乳を注ぐ女 フェルメール
この絵がフェルメールの最高傑作だと確信しました。
手紙を読む青衣の婦人(ヨハネス・フェルメール、1662~63年作)
手紙を読む青衣の女 フェルメール
恋文(ヨハネス・フェルメール作)
恋文 フェルメール作
小さな通り(伝ヨハネス・フェルメール、1657~59年作)
小さな通り フェルメール作
配膳室にいる女と子供(ピーテル・デ・ホーホ作)
配膳室にいる女と子供 ピーテル・デ・ホーホ
家の裏庭に居る三人の女性と男(ピーテル・デ・ホーホ、1663~65年作)
家の裏庭に居る三人の女性と一人の男 ピーテル・デ・ホーホ
聖ニコラスの祝日(ヤン・スティーン、1665~68年作)
聖ニコラスの祝日 ヤン・スティーン (2)
身繕いする女(ヤン・スティーン作)
身繕いする女 ヤン・スティーン
自画像(ヤン・スティーン作)
ヤン・スティーン自画像 
陽気なヴァイオリン弾き(ヘラルド・ファン・ホントホルスト作)
陽気なヴァイオリン弾き ヘラルド・ファン・ホントホルスト
青い服の娘(ヨハネス・コルネリス・フェルスプロンク、1641年作)
青い服の娘 ヨハネス・コルネリス・フェルスプロンク
嬰児の虐殺(コルネリス・ファン・ハールレム、1590年作)
嬰児の虐殺 コーネリス・コーネリアス
威嚇する白鳥(ヤン・アセリン、1650年頃作)
威嚇する白鳥 ヤン・アセリン
ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車
(ヤーコプ・ファン・ライスダール、1670年頃作)
ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車 ロイスダール
貝と酒杯のある静物(ウィレム・クラース・ヘーダ、1635年作)
ひた酒杯のある生物 ウィレム・クラース・ヘダ
チーズの静物(フロリス・クラース作)
チーズの静物 フロリス・クラース
スケートをする人々のいる冬景色
(ヘンドリック・アーフェルカンプ、1608年頃作)
スケートをする人々のいる冬景色 ヘンドリック・アーフェルカンプ
自画像(フィンセント・ファン・ゴッホ作)
自画像 ゴッホ
 バロック期以降地元のネーデルランド画家作品が多く、充実していました。当然かと思います。

 2015年4月にボルゲーゼ美術館(ローマ)を訪問しました。今回は、ピーテル・パウル・ルーベンス作「スザンナと長老たち」を紹介します。
 ピーテル・パウル・ルーベンス(1577~1640年)はドイツ西部で、アントウェルペン出身のプロテスタントの家に生まれました。父の死後家族とアントウェルペンに戻りました。13歳で伯爵未亡人の下へ小姓として出されました。伯爵未亡人がピーテルの芸術的素養を見込んで、アントウェルペンの聖ルカ組合に入会させました。その後三人の画家に師事しました。1600~1608年の間、イタリアとスペインで古典の模写などで学びました。その後アントウェルペンに戻り、工房(ルーベンスの家)を設け、数々の宗教画、肖像画を描きました。
 「スザンナと長老たち」は旧約聖書ダニエル書のスザンナの物語が画題です。スザンナはヨアキムの貞淑な妻でした。庭の泉で水浴びをしていたスザンナに長老二人が言い寄りましたが、スザンナは拒否しました。長老に作り話で訴えられて、姦淫の罪で死刑になりそうになりました。神によってダニエルの「聖なる霊」が呼び起されました。ダニエルは長老二人を引き離して、尋問しました。二人の証言が食い違っていたため、虚偽であったことが証明されました。長老二人は「石打ちの刑」に処されました。「石打ちの刑」で罪人は下半身を地面に埋められ、近くに即死しない程度の大きさの石が積み上げられました。通りかかった庶民はその石を罪人に投げつけて、徐々に殺されるという残忍な死刑です。旧約聖書を画題としているので裸婦を堂々と描けたため、中世以降多くの画家が手掛けました。
  ルーベンスは生涯で多くの作品を描きましたが、最も初期の作品です。初々しいというか、生々しい作品です。
スザンナと長老たち(ピーテル・パウル・ルーベンス、1606~07年作)
スザンナ ルーベンス

 

 2014年7月にボイマンス・ヴァン・ベーニング美術館(ロッテルダム)を訪問しました。キンデル・ダイク(風車)観光後に行ったためか、写真を撮っていなかったようです。公式ページからコピーして、作品を紹介します。ロッテルダム中央駅から徒歩15分くらいだったと思います。
ボイマンス・ヴァン・ベーニング美術館全景(Wikipediaから)
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三人のマリア(ヤン・ファン・エイク、1425~35年作)
三人のマリア ヤン・ファン・エイク
放蕩息子(ヒエルニムス・ボス、1500年頃作)
放蕩息子 ヒエロニムス・ボス
幼いキリストを背負うセント・クリストファー
(ヒエロニムス・ボス、1490~1500年作)
幼いキリストを背負うセント・クリストファー ヒエロニムス・ボス
キリストの包衣(ハンス・メムリンク作)
包衣 ハンス・メムリンク
風景と二頭の馬(ハンス・メムリンク作)
風景と二頭の馬 メムリンク
バベルの塔(ピーテル・ブリューゲル、1563年作)
バベルの塔 ピーテル・ブリューゲル
聖母の栄光(へ―ルトへン・シント・ヤンス、1490~95年作)
ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス 聖母の栄耀
聖母の礼拝(ドメンコ・ギルランダイオ作)
ギルランダイオ
読書するテトス(レンブラント・ファン・レイン作)
Rembrandt_ 読書するテトス
アムステルダムの旧証券取引所(アドリアーンス・ベルクハイデ作
アドリアーンス・ベルクハイデアムステルダムの旧証券取引所
ヘクターの死(ピーテル・パウル・ルーベンス作)
ルーベンスヘクターの死
男の肖像(フランス・ハルス、1635年作)
男の肖像 フランス・ハルス
自画像(カレル・ファブリテウス、1650年作)
自画像 枯れる・ファブリティウス
ファブリティウスはルーベンスの弟子で、フェルメール等に影響を与えました。
アムステルダムのダムラックからの眺望(ヤコブ・ファン・ルイスダール作)
ルイスダール  アムステルダムのダムラックからの眺望
にせ医者(ヘラルド・ドゥ、1652年作)

悪銭身に付かず(ヤン・ステーン、1661年作)
Jan_Havicksz._Steen_-悪銭身に付かず
結石の切除(ヤン・ステーン、1675年作)
結石の切除_by_Jan_Steen    Keisnijding
幼いベネディクト(シャルダン作)
幼いベネディクト  シャルダン
イクシオンの墜落(コルネリス・ファン・ハールレム作)
イクシオンの墜落   Cornelis_Cornelisz._van_Haarlem
漁師の家ヴァランジュヴィル(クロード・モネ、1882年作)
漁師の家ヴァランジュヴィル モネ
ヴェトゥイユの春(クロード・モネ、1880年作)
ヴェトゥイユの春  モネ
春の果樹園(アルフレッド・シスレー、1881年作)
春の果樹園  アルフレッド・シスレー
ロッテルダムの港(ポール・シニャック、1907年作)
Paul_Signac_-_ロッテルダムの港
馬鈴薯の静物(フィンセント・ファン・ゴッホ作)
馬鈴薯の静物 ゴッホ
Armand Roulinの肖像(フィンセント・ファン・ゴッホ作)
Vincent_Willem_van_Gogh  Portret van Armand Roulin
騎手(ワシリー・カンデンスキー、1911年作)
Wassily_Kandinsky,騎手
羊(フランツ・マルク作)
羊 フランツ・マルク
頬杖(ドンゲン作)
頬杖 ドンゲン2
スペイン(サルバトール・ダリ、1938年作)
ダリ3スペイン
太陽のテーブル(サルバトール・ダリ作)
ダリ (2)テーブル・太陽
花咲く林檎の木の下の二人の少女(エドヴァルド・ムンク、1905年作)
花咲くリンゴの木下の二人の少女 ムンク
複写禁止(マグリット作)
マグリット 模写禁止

 2015年4月にボルゲーゼ美術館(ローマ)を訪問しました。今回は、カラヴァッジョ作「書斎の聖ヒエロニムス」を紹介します。
 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571~1610年)はミラノで、三人兄弟の長男として生まれました。父親は、イタリア北部ベルガモのカラヴァッジョ侯爵家の邸宅管理と室内装飾を担当していました。1576年に(5歳で)一家でペストを避けて、ミラノからカラヴァッジョ村に移り住みました。翌年に父親が、1584年に母親が亡くなりました。1584年に(13歳で)ティツアーノの弟子だったシモーネ・ペテルツァーノに弟子入りして、4年間修業しました。1592年に(21歳で)恐らく喧嘩で役人を負傷させ、ミラノを飛び出しました。ローマに移り、ジュゼッペ・チェーザリの助手を務めました。静物画や人物画の注文が入るようになりました。1594年に(23歳で)病気でチェーザリの工房を解雇され、独り立ちしました。1595年から宗教画の注文を受けるようになりました。コンタレッリ礼拝堂の室内装飾を受注し、「聖マタイの殉教」と「聖マタイの召命」が大評判となりました。暴力的表現の宗教画の注文が増えました。
 1606年に(35歳で)一人の若者を殺害して殺人犯となり、ローマからナポリへ逃亡しました。更にマルタ騎士団を頼ってマルタに移りました。いざこざで1608年に(37歳で)マルタで投獄された上、脱獄しました。シチリアの首都パレルモに逃れましたが、やがてナポリに戻りました。1606年に受けた死刑布告をローマ教皇パウルス5世に恩赦してもらう内諾を得てナポリを出発日ましたが、ローマに向かいました。旅行の途中に熱病で倒れて死にました。最後は支離滅裂な行動で、画家の職業病の鉛中毒になっていた可能性があります。
 「書斎の聖ヒエロニムス」制作の経緯は記録されていません。1605年に公証人を後ろから襲撃、切りつけました。公証人から告訴されたのを、パトロンのシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿(ローマ教皇の甥)に和解調停してもらいました。その時のお礼に制作・贈答されたと推定されています。
 聖ヒエロニムス(347年頃~420年)はダルマチアで生まれ、父親から読み書きの手ほどきを受けました。その後ローマでギリシャ語を学び、ガリアやアナトリア半島を巡って古典を研究しました。373年頃重病にかかり、神学のけんきゅうに生涯をささげる決心をしました。5年間荒野で隠遁生活を送り、ヘブライ語を習得しました。583年にローマに戻り、ローマ教皇ダマスス1世に重用されました。ヘブライ語・アラム語旧約聖書をラテン語に翻訳しました。13世紀に四大教会博士の一人に認定されました。
 「書斎の聖ヒエロニムス」は旧約聖書の翻訳に励む姿を描いています。骸骨は、聖ヒエロニムスに死期が近づいていることを象徴しているのでしょうか?カラヴァッジョは、「聖ヒエロニムスが死ぬまで翻訳を続けたように、自分んも死ぬまで絵を描き続ける覚悟だ。」と言っているのでしょうか?
書斎の聖ヒエロニムス(カラヴァッジョ、1605~06年作)
聖ヒエロニムス カラヴァッジョ作

 2014年7月にマウリッツ・ハイス王立美術館(デン・ハーグ)を訪問しました。フェルメールの作品を世界で一番沢山収蔵していることで有名です。長らく改修中で閉鎖(その間はデン・ハーグ市立美術館で主要作品を展示)していました。回収完了再開館の1週間後に訪問する幸運に恵まれました。
 愛用のカメラの電池が充電切れで、携帯電話カメラの写真しか残っていませんでした。残念!
マウリッツ・ハイス王立美術館前景(Wikipediaから)
den-haag-by-RalfR  wiki
マウリッツ・ハイス王立美術館の入口門(公式HPから)
53151_fullimage_mauritshuis
 切符売り場と入口は地階にありました。門を入って左側に、老人や障害のある方用のエレベーターがありました。
ヨハン・マウリッツの肖像( Jan de Baen作)
Portrait_of_Johan_Maurits Jan de Baen
キリストの哀悼(ロヒール・ファン・デル・ウェイデン、1460年頃作)
キリストの包衣 ウェイデン
人間の堕落とエデンの園(ピーテル・ブリューゲル父作)
人間の堕落とエデンの園 ピーテル・ブリューゲル父
聖母子(クエンティン・マサイス、1525~30年作)
ロバート・チェスマンの肖像(ハンス・ホルバイン子)
ロバート・チェスマンの肖像 ハンス・ホルバイン子
笑う少年(フランス・ハルス、1625年頃作)
笑う少年 フランス・ハルス
シメオンの賛歌(レンブラント・ファン・レイン、1631年作)

テュルプ博士の解剖学講義(レンブラント・ファン・レイン、1632年作)
テュルプ白紙の解剖学講義 レンブラント
自画像(レンブラント・ファン・レイン、1669年作)
自画像 レンブラント
アンドロメダ(レンブラント・ファン・レイン作)
アンドロメダ レンブラント
サウルとダヴィデ(レンブラント・ファン・レイン作)
Saulとダヴィデ レンブラント
スザンナ(レンブラント・ファン・レイン作)
スザンナ レンブラント
スザンナ(レンブラント作)の横で
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ヴァニタス(ピーテル・クラースゾーン、1630年作)
蝋燭を持つ老婆と少年(ピーテル・パウル・ルーベンス、1617年作)
夜の場面 ルーベンス
聖母被昇の習作(ピーテル・パウル・ルーベンス、1622~25年作)
無原罪のお宿り ルーベンス
ゴシキヒワ(カレル・ファブリティウス、1654年作)
五色ヒワ ファブリティウス
デルフトの眺望(ヨハネス・フェルメール、1660~61年作)
デエルフとの眺望 フェルメール
青いターバンの女(フェルメール作)の横で
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青いターバンの女(ヨハネス・フェルメール、1665年作)
青いターバンの女 フェルメール
ディアナとニンフ(ヨハネス・フェルメール、1655~56年作)
ディアナとニンフ フェルメール
アムステルダムの堰とダムラック通り広場(ヤーコブ・ファン・ルイスダール作)
堰とダムラック通り広場Amsterdam  ルイスダール
イチゴのある静物(アドリア―ン・コールテ、1665年頃作)
漂白場のあるハールレムの風景
(ヤーコブ・ファン・ルイスダール、1670~75年作)
ハールレムの洗濯干し場の風景 ライスダール
氷上の遊び(ヘンドリック・アーフェルカンプ、1610年頃作)
氷上 ヘンドリック 
若い母(ヘラルド・ドウ、1658年作)
若い母 ヘラルド ドウ
チーズとアーモンドとプリッティルの静物(クララ・ピーテルス作)
チーズとアーモンドとプリッティルの静物 クララ ピーテルス
牡蛎を食べる少女(ヤン・スティーン、1658~60年作)
年寄りが歌えば若者が笛を吹く(ヤン・ステーン、1668~70年作)
年寄りが歌えば若者が笛を吹く ヤン・ステーン
この親にしてこの子在り(ヤン・ステーン作)
この親にしてこの子在り ヤン・ステーン
 こじんまりとした良い美術館です。オランダのイヤー・カルテを持っていたので、二日で3回訪問しました。

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