世界美術館巡り旅

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2024年12月

 2015年11月にトレチャコフ美術館(モスクワ)を訪問しました。ロシア国民の間では、プーシキン美術館より人気があるそうです。
トレチャコフ美術館前景(Wikipediaから)

玄関のトレチャコフ像
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トレチャコフ美術館門の前で
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日本で一番有名な絵は、次の「見知らぬ女」だと思います。
見知らぬ女(イワン・クラムスコイ作)の横で
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見知らぬ女/忘れられぬ女(イワン・クラムスコイ、1883年作)
ウラジーミルの生神女(伝聖ルカ作)
戦争の結末(ヴェレシチャーギン)
 マリア・ロプキナの肖像(ボロヴィ・トルフスキー作)

民衆の前に現れたキリスト(アレクサンドル・イワノフ作)
ドストエフスキーの肖像(ヴァシリ・ペロフ作)
クルスク県の復活大祭の十字行(イリヤ・レーピン作)

皇女ソフィア(イリヤ・レーピン、1879年作)

勇士たち(ヴィクトル・バスネツォフ、1881~98年作)

黄金色の秋(イリヤ・オストロウーホフ作)
コンポジション 7(カンディンスキー作)
モロゾフ侯爵の令嬢(ワシーリー・スリコフ)の横で
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モロゾフ侯爵の令嬢(公式HPから)
この「モロゾフ侯爵の令嬢」のその大きさ・迫力と、その背景に強く感動しました。
ロシア正教の教皇が代替わりして、新しい作法を強要したようです。それまで二本の指で十字を切っていたのを、三本の指で十字を切れというものだったようです。この令嬢は従来の二本指を改めず、引き回しの上処刑されたようです。妹がそっと近寄り、三本指に変えれば命が助かると囁いても、二本指を突き上げて拒否したようです。

 2013年3月にブレラ美術館(ミラノ)を訪問しました。今回は、ジョヴァンニ・ベッリーニ作「ピエタ」を紹介します。
 ジョバンニ・ベッリーニ(1430~1516年)は画家一族に生まれ、父がヤーコポ・ベッリーニ、兄がジェンティーレ・ベッリーニです。叔父の画家もいたようです。家族の間で画力を磨いたと思われます。姉がパドヴァ派のマンテーニャと結婚しました。若いころはテンペラ技法で、やや硬い感じの絵を描いていました。1480年頃から油彩の技法を取り入れました。絵の具が乾くのに時間的余裕ができ、柔和な(グラデーション)表現が出来ました。
 ジョヴァンニ・ベッリーニの画風の変遷を義兄のアンドレア・マンテーニャの影響で語られています。同時期の作品で比べると、アンドレア・マンテーニャの画風とはマダマダ違います。見比べると父親や兄との類似性の方が高いです。ゴシックの影響がかなり残っている感じです。父親の師匠のジェンティーレ・ダ・ファブリアーノやアンドレア・マンテーニャの師匠のフランチェスコ・スクアルチョーネの画風が影響していそうです。ジョヴァンニ・ベッリーニが独自の画風を確立したのは、1480年以降のようです。
 キリストの遺骸を支えているのは、聖母マリアと福音書記者聖ヨハネの右手だけです。キリストの遺骸は一本の丸太のように立っています。キリストの左手は画面と鑑賞者を隔てる石板の上に置かれています。その前の石板にベッリーニの署名とセクストウス・プロペルティウスのエレジーの一部が書かれています。

ピエタ(ジョバンニ・ベッリーニ、1460年作)


ゲッサマネの祈り(アンドレア・マンテーニャ、1458~1460年作)

ピエタ(兄のジェンティーレ・ベッリーニ、1472年作)

聖アントニオとシエナの聖ベルナリデノ(父のヤーコポ・ベッリーニ作)



 2015年11月にエルミタージュ美術館(サンクト・ペテルスブルグ)を訪問しました。彫刻や考古学遺物も含めると巨大な美術館ですが、今回は絵画だけで評価しました。
エルミタージュ美術館の全景
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聖母子と聖ドミニクス、聖トマス・アクイナス(フラ・アンジェリコ、1435年頃作)

聖母子と髭の無い聖ヨセフ(ラファエロ・サンティ、1506年作)
ユディト(ジョルジョーネ、1504年作)
コネスタビレの聖母(ラファエロ・サンティ、1504年作)

貴婦人の肖像(コレッジオ、1517~20年作)

聖家族と洗礼者ヨハネ(ヤコポ・ダ・ポントルモ、1522~23年作)

ダナエ(ティッツアーノ・ヴェスプッチ、1553~55年作)

洗礼者ヨハネの誕生(ティントレット、1555年頃作)
悔悛するマグダラのマリア(ティッツアーノ・ヴェスプッチ、1565年作)
リュートを弾く若者
(ミケランジェロ・ブオナローティ・カラヴァッジョ、1595年作)

聖母被昇天(グエルチーノ、1623年頃作)

聖ペテロと聖パウロ(エル・グレコ、1587~92年作)
昼食の風景(ベラスケス、1617~18年作)
犬を連れた少年(バルトロメオ・エスティバン・ムリーリョ、1655~60年作)

祈る幼いマリア(フランシスコ・デ・スルバラン、1658~60年作)
アントニオ・サラテの肖像(フランシスコ・デ・ゴヤ、1810~11年作)
大地と水の結合(ピーテル・パウル・ルーベンス、1618年頃作)

ペルセウスとアンドロメダ、1620~21年作)
放蕩息子の帰還(レンブラント・ファン・レイン、1663~65年作)
フローラに扮したサスキア(レンブラント・ファン・レイン、1634年作)

王様が飲む(ヤーコブ・ヨルダーンス、1638年頃作)

一杯のレモネード(ヘラルト・テル・ボルフ、1664年頃作)

アポロンとクマエの巫女の居る海岸の風景(クロード・ロラン、1645~49年作)

食前の祈り(シャルダン、1744年作)

盗まれた接吻(フラゴナール、1787年作)
庭の女(クロード・モネ、1867年作)
ジャンヌ・サマリーの肖像(ピエール=オーギュスト・ルノワール、1878年作)
タバコを吸う男(ポール・セザンヌ、1889年作)
アルルの女たち(フィンセント・ファン・ゴッホ、1888年作)
果実を持つ女(ポール・ゴーギャン、1893年作)
トラの居る熱帯の嵐(アンリ・ルソー、1908~09年作)

レオナルド・ダ・ヴィンチ作として展示されている聖母の絵の真贋が噂されている。私も真作である可能性は低いと考えている。

 2013年3月にブレラ美術館(ミラノ)を訪問しました。今回は、ピエロ・デラ・フランチェスカ「ブレラ祭壇画」を紹介します。形式から「聖会話」とも呼ばれるようです。
 ピエロ・デラ・フランチェスカ(1412~1492)は、マサッチオやフィリッポ・リッピと同世代(数年年下)のルネッサンス第一世代の画家です。ゴシックの画風を残していますが、遠近法などのルネッサンスの画風も使っています。
 ピエロ・デラ・フランチェスカは1412年イタリアのトスカーナ州で、靴職人の子に生まれました。アントーニオ・ダンギアーリの弟子として20代まで修行しました。1439年に(27歳で)フィレンツェに行き、ドメニコ・ヴェネツィアーノに師事しました。数学や幾何学の習得に打ち込んだと伝わります。若い頃の絵は現存しません。
 「ブレラ祭壇画」はウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテフェルトロが、息子の誕生を祝って委嘱したと伝わります。幼いキリストは公爵の息子の象徴、聖母は妻の象徴です。ウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテフェルトロが鎧を着て跪き、祈っています。左側の聖人たちが、妻の守護聖人の洗礼者ヨハネ、土地の守護聖人のシエナの聖ベルナディーノ、聖ヒエロニムスです。右側の聖人たちが、フランシスコ会創設の聖フランチェスコ、殉教者ぺテロ、聖アンドレ、画家同郷の数学者ルカ・パチョーリと考えられています。背景の貝殻は聖ヤコブ(反イスラム)の象徴です。吊り下げられたダチョウの卵はモンテフェルトロの紋章の一部で、再生の象徴です。公爵息子の誕生を徹底的に祝っています。フランチェスコの作品の中でも、完成度が高い作品です。
ブレラ祭壇画(ピエロ・デラ・フランチェスカ、1472年作)
聖会話 ピエロ・デラ・フランチェスカ
ウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテフェルトロ夫妻の肖像
(ピエロ・デラ・フランチェスカ、1472~74年作、ウフィツイ美術館蔵)



 オーストラリアの有名な美術館にビクトリア美術館(メルボルン)があります。他には無いのか気になって調べたら、オーストラリア国立美術館(キャンベラ)が見つかりました。公式HPを調べましたので、紹介します。所蔵作品を比べると、ビクトリア美術館の方が上のようです。
オーストラリア国立美術館全景
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寄進者ヤコポ・ディ・バルトロメオの居る磔刑
(ジョヴァンニ・ディ・パオロ、1455年作)
セーヌ川のほとりの少女たちの習作
(ギュスターヴ・クールベ、1856年作)
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ナポリの午後(ポール・セザンヌ、1875年作)

ナルシスの死
(フランソワ=グザヴィエ・ファーブル、1841年作)

干し草の山、正午(クロード・モネ、1891年作)
(画)クロード・モネ "Meules, milieu du jour"(1890/1891)
睡蓮(クロード・モネ、1914年作)
ル・ベック・デュ・オックの為の習作
(ジョルジュ・スーラ、1885年作)

ルイス・アブラハムの肖像(トム・ロバーツ、1896年作)

青と真珠の調和(ホイッスラー、1885年作)
ネリー・パターソンの肖像(ヒュー・ラムゼー、1903年作)
ダリの作品
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ムハ(ミーシャ)の作品
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スタディオでの自画像(アンドレ・デラン、1903年作)
ベーコンの作品
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マグリットの作品
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リヒテンシュタインの作品
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ウォホールの作品
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古典作品はほとんどなく近代美術館の様相です。ビクトリア美術館とすみ分けているようです。

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