世界美術館巡り旅

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 2017年6月の南仏旅行の際、グラネ美術館(エクス・アン・プロヴァンス)に行きました。今回は、ピエール・ピュジェ作「エリザベート訪問」を紹介します。
 ピエール・ピュジェ(1620~1694年)はフランス マルセイユで、煉瓦積み職人の息子に生まれました。兄二人が家業を継ぎ、ピエールは木彫り職人の修業をして、造船所でガレー船の装飾をしました。1640年に(18歳で)イタリアに移り、ローマでピエトロ・ダ・コルトーナの助手をしました。3年間働いてマルセイユに戻り、1650年には結婚しました。装飾・彫刻で徐々に名声を得て、1660年頃パリに出ました。大蔵卿二コラ・フーケからの依頼で装飾を手がけましたが、二コラ・フーケ失脚後横領の嫌疑で投獄されました。イタリアに一旦逃れた後、マルセイユに戻りました。作品は彫刻と装飾がメインで、絵画は少ないようです。画風はオーソドックスな、フレスコ画風です。時代はバロックに移っていて、チョット物足りない感じでしょうか。
エリザベート訪問(ピエール・ピュジェ作)
Pierre_Puget_-_The_Visitation

 2017年6月の南仏旅行の際、グラネ美術館(エクス・アン・プロヴァンス)に行きました。今回は、フランチェスコ・サルヴィアーティ作「聖母子」を紹介します。
 フランチェスコ・サルヴィアーティ(1510~1563年)はフィレンツェで、織物職人の息子に生まれました。1524年にジュリアーノ・ブジャルディーニ工房に弟子入りしました。1531年に枢機卿の招きでローマに行き、その後フィレンツェ・ローマ・ヴェネツィア・フランス・ミラノ・ナポリと転々としました。現地の枢機卿や貴族からの招き・製作依頼で引っ張りだこだったようです。画風はマニエリスム的で、光を感じさせます。本名はフランチェスコ・デ・ロッシでしたが、パトロンの枢機卿ジョヴァンニ・サルヴァ―ティの名前の一部を借用して、フランチェスコ・サルヴィアーティと名乗ったようです。
 「聖母子」は光を感じさせる作品です。幼いキリストをかなり大きく描いています。大きさに変化を与えたり無理な姿勢にして、独自性を出そうとした画家のようです。7歳ほど年長のパルミジャニーノの影響を受けていたのでしょうか?
聖母子(フランチェスコ・サルヴィアーティ作)
Francesco_Salviati_-_La_Vierge_à_l'Enfant
サンタ・マリア・デッラニマ教会装飾画
(フランチェスコ・サルヴィアーティ作)

 2017年6月の南仏旅行の際、グラネ美術館(エクス・アン・プロヴァンス)に行きました。今回は、フランソワ=マリウス・グラネ作「緑の緑」を紹介します。
 フランソワ=マリウス・グラネ(1777~1849年)は、南仏エクス・アン・プロヴァンスで左官工の息子に生まれました。父親の絵画コレクションを模写から始め、地元エクス・アン・プロヴァンスの絵画学校で学びました。1796年に(19歳で)パリに出て、ジャック=ルイ・ダヴィッドに師事しました。アングルとは兄弟弟子にあたります。壁画を描いて生計を立てました。1802年にローマへ行き、壁画を描きました。やがて教会・修道院の内装画が評価されるようになりました。1819年にフランスへ帰国し、1826年にルーヴル美術館絵画部門の学芸員になりました。1830年にヴェルサイユ宮殿美術館の館長に任命されました。1846年のフランス2月革命後エクス・アン・プロヴァンスに戻り、隠遁しました。1849年に没し、遺産はエクス・アン・プロヴァンスに寄贈されました。それを元にグラネ美術館が創設されました。
 「緑の緑」は、フランソワ=マリウス・グラネとしてはシッカリ描き込まれた作品です。何か思い入れがあったのでしょう。年配の修道女の鎖の先に緑のインコが繋がれ、スタンドの上に留まっています。若い修道女たちが仲良く、リンゴや木の実の餌をやっています。年配の修道女が居眠りして、時間がゆっくり流れています。「緑の緑」の片方は、インコの緑だと思います。キリスト教の「緑」は永遠とか日常を意味します。この絵の背景にキリストの架刑が描かれています。この十字架の木はその後芽が出て枝になったようです。「緑の緑」は、修道院で緑のインコ餌やりをする穏やかな日々を描いたのでしょう。2月革命で隠遁生活をする自分の生活もこうありたいと思ったのでしょうか?
緑の緑(フランソワ=マリウス・グラネ作)
Vert-Vert_(Granet)緑の緑
マルヴァルトの農場から望むサン・ヴィクトリ―山
(フランソワ=マリウス・グラネ作)
マルヴァルトの農場からの眺望サン・ヴィクトリ―山  グラネ
かぼちゃの収穫(フランソワ=マリウス・グラネ作)
François_Marius_Granet_-かぼちゃの収穫

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